20代半ばの頃、6年間付き合った彼女と別れた。
10代の後半に出会って、彼女が大学を卒業してからは同棲もしていたので、東京での青春のほとんど全ての時間に彼女がいた。
いや、もう、なんつーか、ショックでね。ショックで。
そんな時は、海に行け!なんて世間じゃ言うけれど。
実際そうなってみるとさ、海なんかどーでもよくて、幽霊みたいなものが見たくなった。
金縛りなんかにはよくなってたんだけどさ、幽霊になんてお目にかかったことなくて。
なぜだかどうしても幽霊がいるところを、動いているところを、うらめしってるところを、見たくなった。
なんならフラれたことについて相談に乗ってもらってさ、最終的に呪ってすらほしかった。
貞子だったら告白してたし、伽倻子だったらその場でディープキスしてたかもしれない。
こうして書いてみると、とてもまともな精神状態ではなかったように思える。
なんか、こう、幽霊なんて曖昧なものがこの世界で許されてるならさ、まだ俺もイケるんじゃないかな、とか思ったの。
だって心っつーか、想いの強さ?だけで存在できるなら、俺のこの幽霊みたいなキモい想いも彼女に届くんじゃないかって。重い!
で、近所の墓地の石段に座ってた。缶チューハイ片手に一晩中。
まぁ昔から自分は根がサイコパスなところあったし、今考えても特に後悔とかはないんだけど。
ただ当時の自分にLineできるなら「どっちにしてもしんどくなるだけの人間関係はやめた方がいいよ」って伝えるかな。
THE夏、って感じの夜で虫とカエルの声がうるさかった。そんな自然の大合唱の中、墓の隙間に目を凝らした。
はぁ・・・それにしたってとんでもないほどにフラれたなぁって。ここまでキッパリとフラれるかぁって。
全盛期の清原かよって。オールスターの藤川球児かよって。フルのはバットか腕だけにしろよって。
そんなことより幽霊まだかよって、俺の鬼の手自分のチンコしか触ってないぞって、誰がシゴく先生やねん。
なんだかウジウジやってるうちに、持ってきた缶チューハイもぜんぶ無くなって。もうなんだか空まで白んできて。
なんつーか、ただのピーカン。虫の声もカエルの声も、蝉に追いやられて聞こえなくなってきた。
セミでぇ~~~す、セミでぇ~~~す!!って言ってるように聞こえる。
セミでぇ~~~す、あなたをフった彼女をよく玄関の前でビビらせたあのときのセミでぇ~~~す!!って聞こえる。
これは信じられないかもしれないけど本当の話で。
その時の蝉の声を録音して専用の機械にかけて確認したいくらいだ。
とにかく俺はその時蝉の声に何らかのメッセージ性を感じていた。ひどく頭をやられていたようだ。
結局、幽霊に会うことはなかった。貞子の「さ」の字も、伽倻子の「か」の字も、まるでなかった。
火の玉くらいみせろっつーの、プラズマくらい起これっつーの。
俺の中のぬーべー、出番なかった。自転車に乗って寺の住職の怪訝そうな視線を背に家に帰った。
今考えると、なんで怖くなかったんだろうとか思うけど、もう彼女に会うことができないことがショック過ぎて、この世の全てが怖くなかったんだよね。
貞子か伽倻子が出てきたら「おそいー!」「ずっと待ってたー!」なんて言って抱きついてたかもしれない。「呪いすごー!」「見せてー!」なんて言って。
でもアイツ、うつむき加減だし人見知りだから「あ・・・あ・・・」とかしか言わなくてさ。そんなところがほっとけなくて。
黒髪のロングヘアーとか、透き通るような肌とか、真っ白なワンピースとか、お気に入りの井戸とか、なんだかぜんぶ愛しくて。
おいおい、危なっかしい歩き方だなぁ・・・なんつって手を引いてあげちゃったりして。
みんなの言ってる噂なんて気にするなよ・・・なんつって励ましちゃったりして。
ボソボソ喋る恨み言もなんだか可愛いな・・・なんて思えてきちゃったりもして。
自転車をこぎながら、考えれば考えるほど、ふたりの女子力の高さに胸が高鳴ってきてしまう。
来週友達が企画してくれるらしい合コンに貞子か伽倻子みたいな女の子が居てくれるといい、とぼんやり考える。
家に帰ってコップ一杯の水を飲み干す。そして優しい幽霊たちを思って静かに眠った。
PS.みんなはどんな失恋してきた?